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大阪高等裁判所 昭和40年(ネ)1957号 判決

控訴人(被告) 丸平水産株式会社

右訴訟代理人弁護士 原奇知郎

被控訴人(原告) 金沢輝雄

右訴訟代理人弁護士 北悦雄

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

〈全部省略〉

理由

被控訴人がその主張にかかる約束手形一通(以下本件手形という)の所持人であることは、甲第一号証の記載自体および顕出(提示)によって明白であり、控訴人が右手形を受取人欄白地のまま振出したことは当事者双方の認めて争わぬところであるし、かつその後右受取人欄に大商産業株式会社と補充せられたことは弁論の全趣旨によってこれを認めることができ、なお、〈証拠省略〉よれば、被控訴人は満期の翌日に支払場所で支払担当者に対して右手形を呈示してその支払を求めたところ支払われなかったことが明らかであり、右各認定に反する証拠はない。

右認定事実によると、控訴人の抗弁が認められないかぎり、被控訴人の本訴請求は正当というべきである。

ところで、控訴人は、まず、本件手形が訴外山本力によって詐取されたものであり、被控訴人が右事実を知悉して右手形を取得したものであって、右詐欺による振出行為の取消をなしたから、控訴人には本件手形金支払債務は存しない、と抗弁し、且右詐欺の事実を前提として悪意の抗弁を提出するが、前記山本の詐欺の事実については、これにそう乙第三号証は信用出きず、控訴人提出のその余の全証拠を以てしてもこれを認めることはできない。のみならず原審証人山本力の証言および同証言により成立の認められる乙第二号証によれば、右山本は真実控訴人のために手形の割引のあっせんをする意思の下に訴外黒岩武を介して本件手形を預ったのであって、少くとも山本自身には詐欺の意思がなかったことを認めるに充分である。したがって詐欺を前提とする控訴人主張の抗弁は、いずれも爾余の点の判断をするまでもなく失当であり採用することができない。

次に控訴人は、本件手形の振出人たる控訴人と受取人たる大商産業株式会社との間には何らの対価関係がなく、かつ被控訴人は右事実を知りながら本件手形を取得しているから、控訴人には本件手形金支払債務はない、と抗弁する。

一般に、振出人と受取人とは手形授受の直接の当事者と認められるから、その間に対価関係が欠如しているときは、振出人は右対価関係欠如を以て手形金の支払を拒む有効な抗弁事由となしうることは勿論である。しかしながら、他方、振出人から受取人欄白地のまま手形の振出交付を受けた者が更にその儘の状態で(或は受取人欄に第三者の氏名を補充したうえ)第三者にこれを交付により譲渡する場合があり、かかる交付による譲渡の有効であることは異論のないところである。しかしかような場合における手形法律関係も、通常の裏書による譲渡におけると全く同一であり、即ち格別の事情が認められないかぎり、振出人と手形取引並びに対価関係をもつべき相手方は振出人より直接手形の交付を受けた者に限られ、その他の者即ち右の第三者およびこの者以降更に交付により譲渡を受けた後者(受取人欄に自己の氏名が補充せられている者を含む、以下単に後者という)と振出人とは何らの手形取引関係(および対価関係)に立つことがないのみならず、この両者間には手形法第一七条(第七七条)の適用により人的抗弁が遮断される関係にあるものと解するのが相当であるから(最高裁判所昭和三四年八月一八日言渡民集一三巻一、二七五頁等参照)、振出人は、この第三者およびその後者との間に直接の対価関係の存しないことを以てこれらのものに対し手形金支払拒絶のための人的抗弁の主張をなしえないことは勿論、直接手形を交付した者との間に対価関係が存しない場合においても、これを以て直ちに悪意でない右の第三者等に対し手形金の支払を拒絶する事由とすることはできないものというべきである。

これを本件についてみると、原審証人常陸谷岩松、同山本力の各証言並びに弁論の全趣旨によると、控訴人は手形割引をうけるため受取人白地のまま本件手形を訴外黒岩武を介して訴外山本力に交付し、更に山本は訴外小西義則に、小西は訴外長曽根美智夫に順次これを同様の趣旨により交付して譲渡し、右手形はなおも転々するうち訴外大商産業株式会社の所持するところとなり、その前後頃本件手形の受取人欄に大商産業株式会社と補充せられるに至ったものであることが認められ、これに反する証拠は発見できない。

そうすると、本件手形については、振出人たる控訴人が右手形を直接交付した者は山本力であって、大商産業株式会社ではないことは明らかであり、かつ、大商産業株式会社が控訴人と直接の取引関係の存したと認められる格別の事情につき少しの主張立証のない本件においては、控訴人が大商産業株式会社と手形取引上の対価関係の存しなかったという一事を以て本件手形金支払を拒絶する抗弁事由とすることはできないものというべきである(勿論、控訴人は、右山本力に対し対価関係欠如の事由が存する場合には、その後者に対する関係で、この対価関係欠如を以て悪意の人的抗弁事由となしうる場合もあるわけであるが、控訴人は、この点につき何ら主張していないところである)。

従って、控訴人の対価関係欠如の抗弁もまた、爾余の点の判断をするまでもなく、理由がない。

而して、本件において、他に、被控訴人を本件手形の悪意の取得者であると看做すに足る主張も立証もない。

よって、被控訴人の本訴請求は正当であり、〈以下省略〉。

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